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2007.6.3

彩音

彩音(2000年)
http://www.akiyo.jp/psion/

「色聴」という概念があります。色を見ると音が聞こえる、あるいは音を聴くと色が見えるという感覚です。音楽を聴くことは様々な色彩の中をさまようこと、そんな感覚の再現を試みました。一つの色は別の色への導入部となり、色ごとに割り当てられた調の属調(1時)、同名調(9時)、そして色における補色の関係にある不協和な調(6時)へと展開していきます。

■音循環

○音階とは?
現在一般的に用いられている音階の基礎をつくったのはピュタゴラスだと言われている。あの、数学の時間に登場した「三平方の定理」でおなじみのピュタゴラスである。では、彼はどのようにして音階を作ったのだろうか。そもそも、音階とはどのようなものなのか。

○空気が振動して音となる
音とは振動である。一定時間内の振動数が多くなるほど音程が高くなる。この無数の音程の中から調和しやすい音程をさぐっていくことから「音階作り」ははじまったと考えられる。ピュタゴラスが用いたと言われているのは「モノコード」という楽器。名前の通り、弦が1本だけつけられた楽器である。

○音が調和するということ
モノコードの弦を解放して音を鳴らす。この音を「ド」とすると弦の半分のところを押さえて音を出すと1オクターブ上の「ド」の音がでる。この時、振動数は開放状態の時の倍になる。弦の2/3のところを押さえると「ソ」の音がでる。この時の振動数は開放状態の3/2。「音が調和する」とは、このように複数の音同士の振動数が単純な整数比で表せる状態を言っているのだ。ちなみにドミソの振動数の比は4:5:6である。

補足:振動数と波長の関係について
波の進む速さ:V 振動数:f 波長:λとすると以下の関係が成立する。

f=V/λ

つまり、波の進む早さが同じ条件下において、2つの音の振動数の比例関係は波長の比例関係の逆数となる。

○ピュタゴラスの音階
ドの振動数を3/2倍するとソの音が出る。ソの振動数を3/2倍するとレの音がでる。このように順々に表れてくる音をそれぞれ3/2倍にしていくと、次のような音循環ができる。

ド→ソ→レ→ラ→ミ→シ→ファ#→ド#→ソ#→レ#→ラ#→ファ→ド

音は7オクターブ上のドまで至ったところで一巡する。7オクターブ、である。なんと美しいシステムだろう!

この各音を数オクターブさげて1オクターブ内におさめてならべたものが、現在使われている音階に近いものとなる。実際には正確に7オクターブではなく、若干の誤差が生じている。それを補正するために、現在使われている音階では、1オクターブ上がるごとに振動数は2倍になるという関係を保持しつつ、隣あう音の同士の関係を平均化して、半音上がるごとにその振動数は2の12乗根倍(約1.059倍)となるように調整されている。この時ソはドの振動数の約 1.498倍となり、3/2からはわずかに誤差が生じる。

このように、細かい微調整はさておき、調和する音を並べていくことにより、音階が誕生した。つまり、音階とは調和しやすいように設計された音の循環だと言えるだろう。

「彩音」のメニューページの音循環は、ピュタゴラスの音階へのオマージュである。

■色聴

○オリヴィエ・メシアン
この知識は永久の眩惑となるだろう。
それは色彩による永遠の音楽であり、
音楽による永遠の色彩である。
「汝の音の中に我々は音を見るだろう」
「汝の光の中に我々は光を聴くだろう」

「彩音」の冒頭で引用しているメシアンの言葉だ。ここで語られている現象は「色聴(color hearing)と呼ばれており、感覚における一種の共鳴作用と考えられている。そして、どの音にどの色を感じるかは個人差があるようだ。ここで紹介したメシアンも、その能力をフルに発揮したと思われる、『トゥランガリラ交響曲』という凄まじいまでに極彩色の作品を残している。

○クラリネットの色はオレンジ色
私が音の色を意識するようになったのは、今から10年以上も前のことだった。当時、私はクラリネットを吹いていた。自分の音を聴きながら「この音はオレンジ色だ」そう感じた。それ以前に音に色を感じていたかどうかは覚えていない。

○ストラヴィンスキー バレエ音楽『火の鳥』
「彩音」を作るにあたり、自分の中の色聴感覚を整理してみる必要があった。そのために選んだのはストラヴィンスキーのバレエ音楽『火の鳥』。最初は前述の『トゥランガリラ交響曲』で試みようと思ったのだが、あまりの極彩色ぶりに恐れをなしてしまったのだ。そこで次に色彩を感じる曲として『火の鳥』を選んだ。用意したCDは、オーソドックスで定評のあるアンセルメ盤。『火の鳥』はダイジェスト・バージョンもいくつか出ているが、ここではフル・バージョンを聴くことにした。そしてコンダクタ・スコア(指揮者用の楽譜)を片手に、3日間、ひたすら『火の鳥』を聴き続けた。

楽譜とは音楽のレシピである。ただ聴いているだけの時には何気なく聴きすごしていたフレーズも、楽譜を見ればどのような構成でその音楽が編み出されているかがわかる。『火の鳥』は素晴らしかった。聴くだけでも、もちろん素晴らしい音楽だとは思っていたけど、あらためてスコアを見ながら聴いてみて、その偉大さを実感した。そして、この音楽を創りだしたストラヴィンスキーを私は心から尊敬する。

感動と興奮で我を忘れそうになっている場合ではなかった。この音楽の「色」を分析することが、私の課題だったのだ。

○音分析
楽器の音色に感じる色、音程に感じる色、それぞれの感じ方があると思われるが、この時私が選択したのは音の動きと組み合わせから感じる色であった。そして主な色については次の通り。

赤:トリル
橙:装飾音符
黄:同音の連続
緑:上昇系アルペジオ
青:オクターブの跳躍
紫:長7度の不協和音

上記の6色を基盤に、それぞれの中間色は、音の方でもその中間的な音系を用いることにした。そして、作った音にあわせてFlashでアニメーションを作る。

■色循環と音循環
話をメニューページに戻す。前述の音循環に各ページの色を割り当てる。この時、赤はドの音と決まっていた。ドは赤く感じるからだ。その他の音を割り当てるにあたり、ピアノ上での白鍵は暖色系、黒鍵は寒色系と感じることから、以下のように各色と音を対応させる。

赤 :ド
赤橙:ソ
橙 :レ
黄橙:ラ
黄 :ミ
黄緑:シ
緑 :ファ#
青緑:ド#
青 :ソ#
青紫:レ#
紫 :ラ#
赤紫:ファ

白鍵は暖色系、黒鍵は寒色系と感じるのは、私の音楽との接点はピアノから始まったことに起因するのではないだろうか。ピアノは音階を全音階の音(ドレミファソラシド:ダイアトニック・スケール)とそれ以外の音に視覚的にも明確に分離して示している楽器だからだ。また、音階を半音階(クロマティック・スケール)的に感じることのできる楽器、例えば弦楽器から音楽に入っていった方の場合は、違う感じ方をするかもしれない。

また、上記の色循環と音循環は、波長の長いもの「赤:ド」から波長の短いもの「赤紫:ファ」というような対応も意識している。

■サイトの全体構成
「彩音」に訪れた人がまず目にするのはメシアンの言葉を引用している白いページ。次に表れるのはメニューの音循環=色循環の黒いページ。そして中の様々な色が表れるページを巡ることになる。

これは、まずは音のないまっさらな状態(白)、音の始まる直前の沈黙(黒)、様々な音(各ページ)ということを意識している。あるいはコンサート前の、幕が降りて会場にはライトがついている状態(白)、演奏が始まる前の暗闇(黒)、音楽がはじまる(各ページ)というイメージもあった。